2015年04月30日


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北野天満宮の不思議

昨日は、北野天満宮の不思議を探しに行きました、
この北野天満宮は豊臣秀頼が建てたと言われ、日光東照宮の
モデルとも言われています。
此処の北野天満宮に数々の不思議があります、その一つに本殿に通じる
仲は門は三光門と言われて居て、太陽・月・星の三っの彫り物が有るから
名が付いたのですが、何処を探しても星の彫り物は見つかりません、
何故?星が無いのか不思議な門ですが、説明書きを読んで解決しました。
夜に成ると、その星が見つかります。

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三光門
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太陽
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実は、門の真上に北極星が輝いて見えます。この北極星を入れて三光門何ですね(^^♪
確か、日光東照宮も建物頭上に北極星が輝きなすね。

この三光門の左前に大黒天の石灯篭が有ります、この灯篭に大黒が彫られて
居ますが、少し可笑しいです、鼻の穴が余りにも大きいのです。
これは言い伝えですが、この鼻の穴に小さな石ころを落とさず置く事が
出来きたら、お金が入ると言う迷信です。

IMG_1004.jpg
大黒灯篭
IMG_1003.jpg
鼻の穴に石ころ


私も置いて見ました、中々難しいですが、二つも置けました(笑)
この話は余談ですが、本日は妻が夜の仕事が無いので、食事をした後、
パチンコに行きたい言いますから、私はもう楽しくないので、
俺は帰ると言いましたが、1000円だけしたら?と言いますから
付き合いました、最近のパチンコは面白くもなんとも有りません、
今年2月に日本に帰り3回していますが、3回とも負けています、
金額は僅かですか、負けると腹が立ちます、ですからパチンコはしません、
ところが今日は訳が判らない内に1万2千円も勝てしまいました、
それも短時間です、更に元手が500円ですよ。本日の食事代は無料に成り
ましたね、これは大黒天の御利益ですね(笑)

@また北野天満宮には京都三大鳥居の一つがあります。
参詣通路に菅原道真公の母君を祀る、神社前に石の鳥居があります。
鎌倉時代の作で国の重要美術品に指定されて居て、台座に刻まれた
蓮座弁が有名で京都三大鳥居です。

IMG_0986.jpg

IMG_0987.jpg
蓮座弁鳥居


京都御所内、厳島神社。
 笠木と島木の曲線が破風に似ている事から破風形鳥居とも言います。
破風とは屋根の切妻(きりづま)についている合掌形の板。
現在ではあまり見る事ができない鳥居です。

DSCF0031.jpg
破風形鳥居

B京都太秦の「木嶋坐天照御魂神社(コノシマニイマスアマテラスミタマノカミノヤシロ)」
通称「蚕ノ社」にこれまた不思議な形の鳥居が有ります。
 三角柱状に組み合わされた三本柱(八角柱)で池の中に立つ珍しい鳥居です。
 この鳥居は現存するものは4基しかありません。


P5050005.jpg
三角柱鳥居

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posted by 極楽蜻蛉 at 03:34 | Comment(3) | 極楽蜻蛉の史跡周り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
サントさん 今晩は 先日はお手数をおかけし、有難うござました。

私も京都のど真ん中で生まれ育ってますが、中々サントさんのような面白い視点で物を見ることは出来ません。持って生まれた器が小さいのでしょうね。

北野天満宮ですが、御存じの通り、今の建物は豊臣秀吉による再建です。其れまではどうなってたのか殆ど知っている人はおられないと思いますので、ミニ知識を。(笑)

応仁の乱が自然消滅的に終わりになる少し前、各地に土一揆(どいっき)が吹き荒れていた延徳2年(1490)3月に、北野社の下級労働者等が本殿に籠城し、社家と一触即発の状態になりました。(一揆の張本には武家や公家の被官がいます。北野社は酒麹の独占販売権を持っていましたので、山門≪比叡山の事≫も含めた利権が絡み合っていたようです。)

この時社家は何とか閇籠(へいろう 扉を閉じること)衆を宥めようとしていましたが、幕府管領の細川政元は茨木の陣から奉行人2名を発向させ、幕府から軍を率いて包囲していた安富新兵衛尉に即刻鎮圧を命じました。

幕府軍の攻撃を受けた閇籠衆は本殿に火を放ちましたので、社家や坊官・宮仕などが後土戸を破り、駆け付けた大工番匠が内陣の妻戸を壊し、「霊神并神輿以下法花堂マテ出御也申」しました。本殿は焼け落ちました。

その後本殿の再建は秀吉の代まで行われなかったのです。北野社の再建を果たした秀吉は栄耀栄華を極めた時であり、その完成披露が北野大茶会であった訳です。

話のネタにして下さい。
Posted by 小次郎 at 2015年05月02日 00:19
小次郎さん、コメント有難うございます、
この内容は私のネタとして、頂きます(^^♪

例の古文書の件は私がフィリピンに戻り、
送られて戴きますが、どの様な内容は判りません、

小次郎さん、は京都のど真ん中ですか?

今後ともよろしくお願い致します。
Posted by サント 芹沢 鴨 at 2015年05月02日 07:37
祇園祭りの町内会とは少し離れていますが、子供の頃は2階へ上がるとお囃子が聞こえる処で生まれ育ちました。山鉾の組み立ては子供の頃に面白くって、学校帰りに少し回り道をして毎日みていました。

家を出れば、岩戸山の提灯が見える場所です。現住所は違いますよ。それは先日のメールに書いてます。

京都の記事にはコメントを入れられますので、時々教科書やガイドブックに書いていないことをミニ知識として披露させて頂きます。

最近明治維新前後のことを調べてます。お世話をお掛けしますが、宜しくお願いします。
Posted by 小次郎 at 2015年05月02日 17:02
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