2016年02月29日


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フィリピン回顧録 その2

私が、日本に戻り、思案に明け暮れていました、
どうするか、日本で仕事を探し、財政を立て直すか、
そのままフィリピンの銀行の借金は踏み倒すか。
仕事は年寄は限られた物しかないし、お金を貯めるに
も時間が掛かるし、
しかし、日本で黒(ブラツク)・フィリピンでも黒は嫌だしと、
毎日、実家の前の鴨川の寒空したのベンチに座り、
かなり落ち込んで居りました。

そんな居り、ネツト仲間のHさんから、電話が有り、
銀行口座を貸してくれないかでした。
それは構わない無いですが、商売がらみなら、私より、
Vさんが適任者と思いますがと言い、Vさんを紹介しました。

話はあれよあれよで進み、約一ヶ月後、お礼の金子が
振り込まれました。

これはまさしく天の恵みです、今までの借金を全て払える、
このお金でまたフィリピンに帰れると、喜びましたよ。

ですから僅か4ヶ月の日本滞在でフィリピンに飛んで帰りました。
私にはもうフィリピンでの借金が無いので、懲りずに、遊びましたね。
それと以前から続いている家作りですね、これに大半のお金を投入して
居ましたから、生活はどん底でしたよ、この時辺りから、
私の「たかり」生活で、食事は餌でした。
この当時は、マグサイサイに来て頂いている日本人の方は、
100%私を助けて貰いました。
遊びの費用は全て出して頂きました。

しかし、こんな生活をしていますと、評判も悪くなるし、自分をさげすます事に
成ります、でもそれでも構わないと思いました。

何時しか「の~てんき」と言う有り難い言葉も私に定着していました。
これね、案外好きな言葉でしたよ。また「サントん暮らし」に来られる
皆さまも自然とこの「の~てんき族」 の仲間になり、気楽にのんびりと
来ましょうという合言葉みたいになりました。

しかし、家作りに焦り、またまた破綻してしまいました。
そうですね、妻からの仕送りのお金も家作りに廻しましたから、それは悲惨な
生活でした。

なぜ急いだかは、屋根なんですね、完成して居ません、それに外壁も
完全でなく、完成しているのは一階だけでした。

IMG_0340.jpg

ここは倉庫の予定でしたが、急遽ゲストルームを完成せました。


IMG_0351.jpg

ここは玄関でこれだけ作る予定でした。

本来一階は物置き場で部屋の予定では有りませんでした、
急遽部屋を作る事に成り、これに資金が入れられました。
ですから屋根部分までお金が回せず、屋根なしが約2年間です。

雨が降るとこれは、上から大量の水が、滝の如く、流れ落ちます、
寝て居る横は水びたしです。手の付けようが有りませんでした。

ですから部屋を作る予定は有りませんでした。
IMG_1671.jpg
大雨が降るとマグサイサイは御覧の通りです。

IMG_1669.jpg

家には水が入ります。

IMG_1673.jpg

ゲストルームも御覧の通りですが、これは水は少ないですね、





話が家作りに行きましたので、その3はフィリピンでの家作りにしますね(汗)


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posted by サント芹沢 鴨 at 11:01 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする